一章『オブシディア 少女 銅時計』の6節
 白い肌故にランプの明かりを綺麗に反射しオレンジ色に染まる。
白い肌に白いブラウスに白いパンティ。
その姿をランプの明かりがオレンジに染める。
茶色い木造の壁。
かけられた額縁。
黒いカーテンで塞がれている窓。
ストーブからはゴゴゴと石油の燃える音。
油絵の具の臭い。
頬を桜色に染める少女。
生気のない目で見下ろす男。
「あの・・・」
 エールは体を縮めてカイルに声をかける。
カイルは鉛筆をナイフで削りながら、ん?と返事する。
「このままじゃ・・・」
「早く脱げ」
「だよ、ね・・・」
 エールはヌードデッサンのモデルのため、服を脱いでいた。
白いファーのついた暖かいジャンパーも、沢山フリルのついたシャツも。
下着姿のエールの心臓は高鳴った。
こんな姿、お父様以外の男性に見せたことがない。
すでに羞恥のあまり倒れそうである。
「あの、裸婦画にする必要があるの?」
 その問に対し彼は手を止め、じっとエールの目をみた。
深淵のように黒い瞳。
エールの髪のように艶のある美しい黒ではない。
底の見えない谷底のように暗く、光の反射する余地のない闇の黒。
その目にエールは今まで感じたことの無い感情が芽生える。
恐怖に近いが、恐怖のそれとも違う。
嫌ではなく、好きのそれとも違う。
「裸婦画にしない必要が何処にある?」
 エールはその言葉の意味がよく解らなかった。
カイルは別に慈善のためにエールにこの仕事をもちかけた訳ではない。
飯にありつける絵、買い手のある絵を書きたい為に頼んだのだ。
オブシディアの女性の裸婦画が珍しい訳ではない。
割とポピュラーではあるがどれも熟れた女性である。
ふくよかで、慈愛に満ち、大人の女性の魅力を感じる絵。
しかし逆に初々しい子供の絵は少ない。
ましてや裸婦画となるとそうあるものではない。
想像で描けないものではない。
想像だけで絵を描く画家は多い。
しかしカイルは想像で物を描けないタイプの人間であった。
ぼんやりと物の形を想像し、絵にする事は出来ても細部まで描き込む事はできない。
想像で物を描けないが、彼がモデルを見て描いた絵には絵でしか表現できないものと、
何よりも絵としての魅力があった。
スケッチが彼の絵の真骨頂なのである。
故に彼は売れるオブシディアの少女の絵を描きたいが為に
エールには脱いでもらう必要がある。
「・・・・」
 エールは俯いた。
『知らない人の前で裸になるなんて嫌だ。
 でもこの人は私を描きたいと言っている。
 私のような子供に魅力を見出して描きたいって・・・。
 カーテンは閉まってる、他の人には見られない。
 この人だけなんだ・・・』
 エールはブラウスに手をかけた。
自分の手は汗でべっとりと濡れていることが解る。
肩は震え喉が乾く。
『大丈夫、大丈夫だから』
 自分に言い聞かせブラウスを脱いだ。
子供のあどけない膨らみかけの乳房が露になる。
小さく、それでいて曲線を描き柔らかさのある胸が。
乳頭は大人の女性のようにぷっくりと膨らんでおらず、まだ男子に近いものがある。
胸は汗で濡れ、つぅ・・・と胸の間を流れ臍の横を通りパンティの生地に吸い込まれる。
「・・・暑いか?」
「いいえ、いいえ、違うわ。
 緊張して・・・汗が」
「リラックスしろ。
 汗にまみれ顔の強ばった絵なんて描きたくない」
「うぅ・・・」
 ハァと深く息をつき深呼吸をする。
緊張は解れなかった。
パンティに手をかける。
太股を抜け、脹ら脛を抜け、踵を抜け、つま先を抜ける。
物心ついてから誰にも見せたことのない下半身が晒される。
陰毛は生えておらず子供独特の高い土手。
故にぷっくりとした割れ目をつくる肉が強調される。
汗を吸い、湿気たパンティを籠に入れ、横にあった椅子に腰掛ける。
右手で乳房を隠し、左手で陰部を隠す。
「よし脱いだな」
 カイルは削り終わった鉛筆を画板の横の缶の中に入れ、けしごむを布で磨きながらエールの体を見た。
爪を綺麗に切りそろえたつま先から、小さく強調しない脹ら脛を通り、腰のライン、へそ周りの肉。
うっすらと浮き出る肋骨のライン、くっきりと見える鎖骨のライン。
首の筋、桃色の唇、高くない鼻、猫のような少し釣り上った目、ルビーのような瞳、オブシディア。
「あの・・・」
 カイルの目はまるで市場で仕入れる魚を見定める料理人と同じような目つきをしていた。
真剣そのものでスキがなく、鋭く、情熱的で、男らしい。
死んだ魚の目ではない、仕事をする男の目だった。
その目をみるとエールは何か熱いものが体内の血管の中を流れる感覚を覚えた。
「あの、カイルさん」
「ん?
 ああ、大丈夫だ、良い体をしてる。
 描きたかった絵が描ける体だ」
「そう」
 私に女の魅力を感じているのだろうか、とエールは思った。
そう思うと桜色の頬はますます赤くなる、がしかし。
「思った通り、子供っぽい体つきだ。
 非の打ち所がない、大人と子供の間、その中間のさらに子供より。
 大人の魅力が無い。
 実に良い健康な子供だ」
「・・・」
 ガビーン、という効果音を鳴らすべき所であろう。
まったく女としての魅力を彼は見ていなかった。
それに対してエールは少なからずショックを感じた。
子供、そうエールは子供である。
法では10歳を越えると大人として扱われると言えどエールの体も心もまだ子供であった。
「さぁ、そこに寝てくれ」
 彼の指さした床には白い布が敷いていた。
「寝るの?」
「そうだな、ちょっと待ってろ」
彼はさらさらとスケッチブックに人の形のアタリを書きポーズを見せる。
「こうだ」
体を横にし、肘をつき頭をささえるポーズ。
横になるのは楽なポーズではあるが三時間となると大変そうである。
エールは横になりポーズをとった。
「おい、胸を隠すな、右手は後ろに隠れるようにしてろ」
「だって・・・」
 抗議しようとしたがエールは指示に従った。
芸術とはこういうものだと諦めるしかなかった。
横になっても形の崩れない乳房が露になる。
エールの心臓は高鳴り生唾を飲む。
凄く緊張している、動揺している。
しかしそのような姿を相手に知られるのは恥ずかしく平然を装った。
口は笑みを作るがぎこちなく、息の回数を減らすが肩は大きく揺れる。
「リラックスしろよ」
「ぜ、全然余裕ですわ」
「・・・そうか」
 カイルはじっとエールを見つめる。
見られるとみられるほどエールは緊張し、汗が滲み出た。
カイルが立ち上がり、ミシ、ミシと床をきしませ彼は寄ってきた。
大きな男だ、それが寝て見上げるとまるで巨人のように見える。
逆光で彼の顔は闇に隠れて見えない。
そしてゆっくりとしゃがみながら手をのばす。
エールの心音がさらに高まる。
彼の手はエールの太股をつかんだ。
「ひぁあ!?」
 変な奇声を上げて掴んだ手を振り解いた。
エールの顔は恐怖にひきつり目には涙が浮かぶ。
それをじっとみる彼の目にエールの恐怖心はさらに高まった。
「なんだよ・・・」
「変なことしようとして!」
「しねーよ」
 カイルは少しムっとした。
ずっと無表情だった顔にはじめて変化を見せた。
「ポーズを少し変えようとしただけだ」
「言えばするよ!」
 肩で息をするエール。
カイルははぁとため息をつく。
「黙って寝てろ。
 俺は不器用だがおまえも不器用だ」
 そう言うと彼はまた足をつかんだ。
 エールは少し恐怖を覚えながらも黙って彼の行動を見守ることにした。
右の膝を少し曲げ、太股を前に出す。
「股間の土手がな、少し高いんだ。
 だからこうやって隠せ。
 全てを晒せとは言わない」
そう言うと敷かれた布の端を手に取り一部を腹に被せる。
そして三歩後ろに下がり、また近くにより、髪を手にすくい彼の思う場所にかける。
そしてまた散歩下がりうんと頷く。
 彼は思い通りのポーズを作りたかっただけだった。
エールはそれを理解し、自分に言ったことを思いだし恥じた。
彼は画家なんだ、と。
「もっと楽しそうな顔をしろ」
「楽しそうな顔・・・」
エールはにっこりと笑顔を作ってみた。
彼女はちゃんと笑顔が作れているだろうか心配したがそれは紛れもない良い笑顔だった。
「・・・違うな、もっとこう、憂いというか」
「憂い?」
「そう、こう・・・なんて言うか。
 優しく笑え」
「優しい笑顔・・・?」
 そう言われてもよく解らない。
優しい笑顔、人に優しさを与えることを自然としていた彼女にとって優しさを作るとは少々想像できないようだ。
「そうだな・・・思い浮かべろ、春になって花が咲いているのを。
 それを見たとき自然とでる笑顔だ、ああちがう、さっきと同じ顔をするな」
「難しいよ」
「じゃあ眠そうに笑ってみろよ。
 ・・・おいなんだその馬鹿顔は」
「うー・・・」
 憂いの笑顔、エールにとって完全に未知の世界だった。
「笑顔はもういい。
 アンニュイな表情を醸し出してみろ」
「あんにゅい・・・?」
 コレもまたピンとこない言葉であった。
「面倒臭いと思ったときの顔だ、面倒だった時の顔を思い出せ。
 おい、ふざけるな、誰が面倒くさい顔をしろって言った」
「言ったじゃない!」
「言ったか・・・?
 言ったな・・・面倒なやつだなお前は」
 彼は頭をかいて首をかしげた。
首を傾げたいのはこっちだとエールは思った。
「そうだな、顔以外から描くからそれっぽい顔を練習してろ」
 彼はそう無責任な事を言うと画板にはられた布に鉛筆を走らせていく。
こういう絵は普通木炭で書いていくが彼は彼なりのやり方があるらしく鉛筆を走らせていった。
エールは表情の練習といわれてもどういった顔をしていいのか解らず彼を見ていた。
真剣な表情だった。
 まるで騎士が悪敵を剣で倒すかのように、鉛筆が画板を端から端まで何度もスラッシュする。
べつに大げさな動きで絵を描いているわけではない、真っ直ぐな線を数本描いて遠近感の中りを作っているのだ。
エールはその動きが妙に勇ましく見え、関心したような顔をする。
黒い瞳がジっとエールを見ては画板に視線を移し鉛筆を走らせ、
黒い瞳がジっとエールを見ては画板に視線を移し鉛筆を走らせた。
その視線は皮膚を貫き、脂肪を貫き、筋肉繊維を貫き、骨を貫き、内蔵を貫き、脊髄を貫くかのように。
見えているもの、見ているものの本質、見ているものの有り方。
それらを見ているようだった。
まるで考えている事すら、自分の今までの生い立ちすら、何もかも見通しそれを踏まえて絵を描いているような。
そんな視線に見えた。
 実際は彼はただ見えているものを無心に、一心不乱に描写しているだけであるが、その真剣な眼差しには力があった。
指が小刻みに動く度に黒鉛の粒子が布にしみ込み、白い無から黒い有を作り上げていく。
さっきまで何もなかった布には確かにエールの形が生まれていった。
『凄い・・・真剣な目』
 あの目で見られる度にさっきの体の中の熱さが大きくなっていった。
ふと、カイルの頬に汗が垂れるのが見えた。
『そうか、私が裸でも暖かい温度にしてるから熱いんだ・・・。
 そうか・・・。
 不器用で、無表情で、喋りが下手で。
 でも優しい人なんだ』

 ふとエールは微笑んだ。
優しい憂いのある、愛しい人を思う女のような、子を想う母のような微笑がこぼれた。
カイルはその顔を見逃さず、サラサラと描いていった。
 その笑顔につられるようにカイルは口が緩んだ。
『大丈夫だ、描ける。
 こんなあどけない子供だ、心配は無かった。
 大丈夫、俺はちゃんと描けている』
 ふと、カイルの脳裏に過ぎった過去の風景。
死体の山、己の握る血まみれの剣、聞こえるのは悲惨な叫び声と怒号。
醜く笑う己。
ああ、戦争は地獄だ。
戦争は地獄だ。


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