一章『オブシディア 少女 銅時計』の4節
 森の木々は冬の風に吹かれ葉を落とし、スカスカになったその体で春を待っている。
エールは普段と変わらない表情で森の中を歩いているつ「つもり」だった。
他から見ると顔は少々笑顔を我慢しているように見える。
実際我慢しているので仕方がない。
ジャクジャクと砂利混じりの地面を歩くごとに表情が緩んでいく。
「やった、私ってば運がいい!」
 先ほどの事を思いだしエールはグっと手を握りしめる。
商店街でエールに声をかけた男、カイル・ティエポはこの町で画家として生計をたてていた。
五年前から本格的に筆を振った彼の描く絵は生活ができる程度に売れている。
エールに声をかけたのは注文されていた絵を書き終え久々に外の空気を吸っていた時だった。
風に靡く美しい黒髪、華奢な子供でありながらどこか美しい大人を思わせる容姿。
彼は人目見てエールを描きたくなった。
金が欲しいと呟いていたので好都合だと思い、エールに絵のモデルを依頼したのだ。
「んふ、ふふふ」
 その事を思い出すと顔が緩み自然と変な笑いが口から漏れ出る。
「私がモデルかぁ・・・」
 明日の昼、三時間モデルをして欲しいとの依頼。
三時間でデッサンを仕上げ後は自分の記憶と想像と発想で色を塗っていくらしい。
たった三時間で必要なお金が貰えるのだ、ボロい話である。
ますますにしてエールの顔は緩む。


「あら?」
 背後から蹄が地面を叩く音、車輪が擦れる音が聞こえる。
森の中を10分ほど歩いたところに”奥様”の邸はある。
”得体の知れない”薬品を大釜で煮て生成するため臭いや危険性のため、少々町から離れたところに邸を構えている。
そんな場所を好きこのんで馬車で通る人はそうそういない。
ただ”奥様”とあと一人を除いて。
振り向くとそこには赤塗りの馬車が同じ進行方向に進んでいた。
御者は茶色い帽子とベストとズボン、薄い黄色のシャツを着たいかにもな村人ルックの青年である。
「おっす、エール」
 御者は軽く手を上げエールに挨拶をし、馬の尻をポンと蹴り馬車を止めた。
「ジョージ!
 お久しぶりね!」
 ジョージ・ジョルケット、彼はジョルケット馬車社社長の長男であり、昨年から馬車の御者をしている。
馬車社とは言うが社に馬車は一つしかなく、その馬車は”奥様”とその師専用である。
「乗ってけよ」
「ありがとう」
 エールは満面の笑みを返し馬車の戸をあけた。
「やぁ、エイシュル」
「こんにちわミスターカーネル」
 赤い革張りの内装の中、溶け込むようにその内装に相応しい姿をした一人の紳士が座っていた。
エールは彼に対面する席にちょこんと座りカーネル紳士を顔をみてニコリと微笑む。
「アレは元気かね?」
「”奥様”は変わりないですよ。
 すごく元気です」
「キミは元気すぎるようだがね」
「そうですか?えへへ」
 紳士はニっと微笑みキレの長い目をさらに細めた。
紳士の名前はカーネル・レチャーテ。
この町に住むもう一人の魔法使いであり、”奥様”の元師匠である。
 彼の容姿に関しては少々説明が難しい。
子供のような骨格をしており、中年者のような浅い皺がある。
目は獣を思わせるような鋭さがあり目の下のクマは深い。
若くも見え、老いても見える。
冷たくもみえ、優しくも見える。
真っ白な髪は横で綺麗ロールしているが、他の部分はややボサボサと毛が立っている。
眼鏡は片方の目につけているが他から見ると度があるように見えない。
そして服にはアルミの金具が沢山ついており、体を動かす度にジャラジャラと小さな音をたてる。
そんな、紳士だった。

「あらミスターカーネル、お帰りなさい」
 書斎に入ったカーネルはなんとも言いがたい顔になった。
「なんて格好をしているんだキミは」
”奥様”は椅子に座ったままそのまま後ろに倒れたようなポーズで本を読んでいた。
実際に椅子が後ろに倒れたけれどその姿勢のまま本を読んでいたのでそのような状況になっていた。
”奥様”はエレガントな方である。
人前では常にパーフェクトを求め、物腰が落ち着き欠点を見せない。
が、人がいないと妙に緩む所がある。
実は言うと緩むどころの話ではない所もあるがここでは省こう。
姿勢を指摘された”奥様”は服の埃を払い椅子に座りなおし、長い睫の間からカーネルを見た。
「今回の仕事はいかがでした?」
「問題なく事は運んだ。
 そうだ、途中の道で拾ってきたエールに土産を渡しておいたよ。
 遠い所の特産品だ」
「そう、ありがとう」
 フフと微笑みあう二人。
「さて、キミの誕生日は明後日だったな・・・。
 特別な誕生日・・・」

「何でしょうこれは?」
 エールは奇妙な形の鉄板を手にとり頭を悩ませていた。
鉄板には規則的に丸い凹みがついており、その凹みが何を示すのかが判らない。
「エール」
「あ、ただいま奥様!
 ミスターカーネルにこのような物を頂きました!」
二階から降りてきた”奥様”に鉄板を持ち上げて前面を見せる。
「・・・なにそれ?」
「たこ焼き焼き機らしいです」
「たこ焼き・・・?」
”奥様”はタコがこの鉄板の上でコンガリと焼ける姿を想像した。
「コレで焼くのかしらね?」
「そうですよね」
エールはタコがこの鉄板の上でジュージュー焼ける姿を想像した。
「”奥様”、私は思うのですがフライパンの方が綺麗に焼けると思います」
「そうね、私もそう思うわ。
 でも物の形というのは何かしら意味を成すのよ。
 そうね、人に目が二つあるのは物の距離をより良く見えるため。
 踵の肉が分厚いのは全体重をそこで受け止めるため。
 つまりこの板の凹みにも何かしら意味があるのよ、エール」
エールは頭を抱える。
「何か判ったのですか?」
「いいえ、判らないわ。
 でもソレを床に置いて踏むと足が気持ちいいかもしれないわね」
ポンと手を打つ。
「なるほど!」
 一緒に二階から降りてきたカーネルは何か言いたげではあったが、まぁいいかと彼女らを黙ってみていた。
「さて、私は帰るとしよう」
「あら食べていかないのかしら?」
”奥様”は少し寂しげに言った。
カーネルは”奥様”を見、そしてエールを見た。
細い目はさらに細くなり、何か考え事をしながらエールのその姿をじっと見ていた。
「いいや、止しておこう・・・」
 ハンガーにかけていたマントをはおり、ロビーで待っていたジョージに行こうと言う。
戸を開き、外に出ようとする時、彼はエールをまたじっと見た。
「エール・・・」
「はい」
 エールはいつものように微笑み、そこへ立っていた。
「いいや・・・何でも無い」
 カーネルは目を伏せ夜の闇へと消えていった。


NEXT
BACK
もくじ