一章『オブシディア 少女 銅時計』の3節
 部屋の中はカチカチと時計の針の動く音、針を動かすギアの動く音、
ギアを動かす振り子の音が四方から響き渡った。
気にも留めない小さな音ではあるが、何十もの音が反響し、相乗効果で音が大きく聞こえる。
「わぁ・・・」
 エールはくるりと回りスカートを靡かせ、辺りを見回した。
時計屋の中に入るのは生まれて初めてだった。
暖炉からの熱で部屋は暖かく、周りには様々な時計。
小さな木彫りのハト時計、大人の背の高さほどの振り子時計、時間が絵になっている螺旋巻時計。
見たことのない時計に囲まれたその店の中はエールにとってまるで御伽の国のように思えた。
「おや、魔女ん所の」
 カウンターに座っていたヒゲを蓄えた中年の店員がパイプを吸いながらエールに話しかける。
「こんにちわ、私を知っているの?」
 初めて入る店の初めて見る人が自分の事を知っていてエールはきょとんとした表情で店主を見た。
店主はフフと笑い、パイプを置き立ち上がる。
「皆知っているさ。
 オブシディアのレディーはこの町に他にいないし、魔女の所に住んでいるとなっては
記憶に残らないわけがない」
「まぁ、”奥様”は有名なのね」
「ああ、皆知っとるよ」
 へぇ、と呟く。
”奥様”の存在はこの町では大きい。
彼女の作る霊薬は様々な物があり、多かれ少なかれ町の人の生活にを支えている。
例えば薬剤師が普通の技術では作れない薬を作るには魔女の霊薬を必要とする。
他にも細菌を死滅させる毒薬や、土の霊に干渉し土壌を改善する農業薬、魔獣を追い払う聖水、
彼女の作るものは人々の生活に密着するものが多い。
それに”魔法使い”は実に珍しい職業で1つの町に一人いるかいないかであり、
彼らは人との接触を嫌う傾向があるが、
”奥様”は魔女にしては社交的であり、人と接する事が多く認知度が高かったのだ。
「まぁ君の名前までは知らないんだけどね」
 店長は頭をかきながら明後日の方向を見た。
「エイシュル・ナミキャリバーです」
「なんとも、覚えにくい名前と言うか、なんと言うか」
「皆エールって呼んでるよ」
「うほ、お酒が呑みたくなる名前。
 で、エールちゃん何かお探しかい?」
 そう言われるとエールは少々困った。
エールは飾られていた銅の懐中時計につられて店の中に入ってしまったが
エールには何かを買えるお金を持っていない。
”奥様”に自分で使えるお金を貰っていないし、頼まれた買い物のお釣りを
横領したくないから無一文である。
「えっと・・・あの時計」
 バツの悪そうな顔をし、銅時計を指差す。
「コレを買うのかい?」
「いえ、その・・・。
 いくらですか?」

『もう少しで”奥様”の70の誕生日だ』
 エールは”奥様”の誕生日にプレゼントを渡したかった。
時間が計れるもの、時計かストップウオッチが良い。
家には玄関に一つ大きな振り子時計一つしかない。
「(”奥様”は以前薬を作る時に時間を計るのに私の脈を使ったわ。
  脈なんて不安定なんだし私の脈のせいで失敗しては申し訳ないわ)」
と、エールは以前にそう感じたことがあった。
あの銅時計を奥様にプレゼントしたい。
銅時計のあの美しいハトの彫り物に目を奪われたが、エールは自分でも気がつかない内に
銅の時計が一番安い故に銅時計に目がいっていた。
銅の懐中時計の価格は三千クレジット。
安い、子供が一日アルバイトをして買える価格である。
しかしエールにはその労働時間に裂く自由な時間は無いし他で働きたいと言っても”奥様”は許可しないだろう。
もしプレゼントを買うならやはり秘密裏に買ってプレゼントしなければいけない。
そうでないと”粋”じゃないとエールは考えた。
なら買い物の時間に毎日数時間こっそり働いてはどうだろう?
誕生日は明後日、それは出来ない。
それに一日1、2時間働かせてくれるような所は無いだろう。
「お金が、欲しいよぅ」
 卵の入った買物籠を力なく腕からぶら下げてエールはとぼとぼと道を歩いていた。
好景気 されど懐 閑古鳥。
下唇を噛んで変な俳句を心で読むエールの負のオーラは他人から見えそうになるくらいに青黒い。
「おい、お前」
 ふと、真横から誰かを呼ぶ声が聞こえた。
「オブシディア、お前だお前」
 そう言われ呼ばれているのが自分だと分りエールは声の方向に振り返った。
そこには道の端に設けられている公共のベンチに腰掛ける男がいた。
歳は30そこらで茶色い髪は長くボサボサで、無精ひげが伸び放題。
服は黒や赤、青のシミがついておりぱっと見不潔そうな感じがする。
浮浪者とは少し違う、浮浪者にしたら清潔感がある。
一般人にしたら清潔感が無い、そんな感じの男だ。
ついでに言うと顔も景気が悪そうだ。
エールは少し引き腰で男の方を見た。
「な、なんです?」
「お前金がいるのか?」
「あの・・・」
 戸惑うエール。
独り言を聞かれてしまったようだ。
「ナンボだ?」
「え、その・・・」
 逃げたほうがいいかな、とエールは思った。
男はしわだらけのシャツのポケットから折りたたまれた紙を取り出し立ち上がった。
男は長身でエールは顔を真上にして見上げる。
なんだか死んだ魚のような目と巨大な体つきの男が目の前で自分を見下ろしている形にエールは恐怖した。
足が少し竦む。
「俺は、アレだ」
 男は紙をエールに突き出す。
男の目は死んだ魚っぽいけどエールは口をパクパクさせて金魚っぽい。
金魚の人は紙を受け取り見るとそこには鉛筆で書かれたスルメイカをつつくカモメの絵があった。
妙な絵だが凄くリアルだった。
絵をみてエールの普段は野原色の脳がフル回転する。
「あっ!」
服の染みを指さす。
「絵の具!」
「ん?ああ」
髪を指差す。
「修羅場モード!」
「そうだな・・・」
目を指差す。
「不景気!」
「昔からこういう目だ」
「絵描きさんですね!」
「ああ」
エールの不安はもう完全に消え去り、代わりに少し憧れに近い感情が芽生えた。
絵画とはまるで無から有を、世界を作り出すような感じがエールは好きだった。
猫のように少々釣りあがった目をキラキラとさせるエール。
それに対して男はやはり死んだ魚のような目でエールを見下ろしていた。


NEXT
BACK
もくじ