一章『オブシディア 少女 銅時計』の1節
 エイシュル・ナミキャリバー(以下エール)は鏡に映る自分の姿を見て悦に微笑んだ。
黒く長く美しい髪を揺らす。
細めた眼の奥に光る赤い瞳は憂いに満ち、”奥様”から頂いた帽子を頭にのせた自分の
姿を何度も確認するかのように見ては微笑むその少女の表情は十という歳に相応しい無邪気さがあった。
「どうかしら?」
 その姿を後ろから眺めていた”年輩の奥様”は、長い睫の下から深い緑色の瞳で彼女を見て言った。
「奥様、凄く可愛くて綺麗!
 素敵な帽子、私嬉しいです!」
 エールは満面の笑みを浮かべくるりと”奥様”の前で回って見せた。
黒い生地のスカートがふわりと舞い、長く艶のある髪がしなる。
黒のカシミア生地の平たい帽子にはベルベット生地の赤いフリルがついていた。
同じ生地で出来たリボンもついている名のある職人の作った上質の帽子。
エールが”奥様”に引き取られて初めていただいたプレゼントだった。

『こんなに良くして頂いて、私は幸せ者だ』
 と、エールはよく思った。
彼女は戦争孤児であり奴隷として”奥様”に買い取られた。
孤児になる前はそれなりの屋敷に住んでいたエールは奴隷として買われたという意味を理解していた。
自分の家にも何人か奴隷がいて、その姿を見てきたからである。
自由は無く、人権は無く、未来も無く。
失敗をすれば鞭で叩かれ、持ち主に対して不名誉な事をすれば殺される。
それが普通だ。
しかし”奥様”は違った。
まるでエールを自分の娘のように愛し、エールの美容をまるで己の事のように気を使った。
特に髪には気を使った。
黒の髪は珍しく、突然変異でしか生まれない貴重な髪色だった。
故に黒髪は美の象徴とし、オブシディアと呼ばれ女性の憧れであった。
エールは”奥様”のブロンドの髪のほうがキラキラと光を反射して綺麗だと思っていたのだが、
”奥様”はよく、エールの髪を世界で一番美しい髪だと褒めた。

『なぜ奥様は私にこんなに良くして下さるのかしら』
 エールが死体と瓦礫の道を歩いていたのはちょうど今から1年前だった。
何が理由で戦争がおき、何が理由でなんの警告も無くエールの住む村が戦場になったのかは彼女には分らない。
ただ、助けてくれる親や召使達は皆殺され、エールは一人途方にくれていた。
そんな時、奴隷商人は生きる宛が無いのなら一緒に来いと彼女を連れて行った。
競りに出されるエール。
裸にされ、公然に生まれたままの姿を晒される。
奴隷売買は国の認める公式な商売であり、屋外の人通りの多い広場で行われていた。
自分を見る買い手たちの顔眼が恐ろしかった。
足は震え、涙が溢れそうになる。
その時、凛とした透き通った声がその場を通り抜けた。
「その子に服をきせてやってちょうだい」
と、一人の年配の婦人が前にやってきた。
バイヤーは売り物をよく見せるために出来ないと言ったが婦人はこう言った。
「ならこの子の最終価格が決まりましたらその三倍の価格で私が競り落としますわ」
と彼女は言った。
そして本当に最後の価格の三倍で競り落とした。
法外な価格だ、名のある資産家でも躊躇う価格である。
しかし彼女にはその金額を払うだけの資産があり、稼ぎがあった。
”奥様”は魔女だった。
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