悪夢の始まり・・・日常の終わり 3/9

今日の自分の身に起こる事が自分の日常を変えるなんて考えもしなかった。

朝・・・日差しが自分の部屋を照らし自分はいつもの様に起きて制服に着替える。
階段を下りると朝ごはんのいい香りがする。
いつもの味噌汁と焼き魚とご飯という組み合わせだが母親の料理はどれもうまいのだ。
ご飯を食べていると心配性な母親はいつも弟と俺に今この農村での神隠しの噂を聞かされる。
母親のそんな話の中でいつも気になっていた言葉は
「最近、直人位の年の子が消えてるって話よ。」
その言葉がいつも頭で引っかかっていた。
今日も変わりなく学校に向かう。
山の農村の高校の割りには歩いていける距離に小学・中学・高校がある。
その為にこの村の学生はエスカレーター式にその学校に行くことになる。

学校での行き道に弟の祐二が自慢げに話かけてくる。
「今日、俺は学校が休みだから帰ってきたら一緒にゲームでもしようよ。」
俺はニコッとして答えた。
「今日もだろ?
お前には負ける気がしないからかえったら特訓でもしてろ。」
そんな他愛もない雑談を途中の分かれ道まで話して分かれていく。

その様子を見ている一人の女性がいた。
「あの子がそうだといいのだけれどね。
あの子の両親でも尋ねてみようかしらね・・・・。」
その女性は不気味な笑みを浮かべて俺の自宅に向かっていった。

今日の学校は別に授業がある訳でもない。
というのも1・2年が休みなのだがに受験勉強と言う名目で学校に来ている。
自分は3年になってまだそんなにたっていない。
最近の行方不明事件の事でその自習中は持ちきりだ。
何組の誰々がいなくなっただとかいう話がある。
それより俺は心配していることがあった。
中学からの知り合いの明が行方不明との事だが、俺は最後に明に会った時にこう言われた。
「俺は少し居なくなるだけだから2〜3ヶ月で帰ってくるさ。」
そう言っていなくなったのだ。
もう3ヶ月以上たっているのに何の音沙汰もない。
それが心配だったが俺はいつも『便りが無いのは無事な証拠』と言い聞かせていた。
別に今日も何かあるというわけでもなく一日が過ぎた。
そして学校が終わり、今日も頭の中で自問する。
学校がすごく退屈に思えた。
中学の時からの空手を続ければ良かったと今でも思う、が高校3年になった今は引退させられた。
受験勉強・・・別に自分はまだしたい事があるわけでは無いので大学に行こうと思っていた。

そんな事を考えているうちに自分はいつも家についてしまう。
丁度日は暮れて夜になりかけていた。
家のドアの前に立った時いやな胸騒ぎがした。
(ここをあけるな!)
そんな声が頭の中で響いていた。
振り払うようにドアを開けた・・・。
その光景を見て自分は全身の血の気が退くのがわかった。
玄関から引きずったような血の跡がついていた。
見た感じはまだ血が固まりきっておらずまだ少し湿り気があることからまだ余り時間がたっていないのだろう。
階段の上の方まで続いている。
怖い・・・けれど、見なければ進むことすらできない。
靴を履いたまま茶の間の方に行くと両親の無残な姿があった。
体にはいくつ物刺し傷があり茶の間は血の海と化していた。
次の瞬間には吐き気を催したが吐けない・・・。
階段を足音をたてないように上っていく。
朝はこんなこと考えもしなかった。
どうしてこんな事になった?
色々な事がぐるぐる回っている。
ふと頭の中である考えが出てきた。
(もし・・・弟が無事なら俺の部屋に居るかも知れない。)
そんな希望を持って俺は自分の部屋のドアを開けようとした。
グチャ・・・ブチャブチャ・・・・・
何か肉を引きちぎるようないやな音が聞こえる。
ドアを開けると何かに覆い被さり何かを食べている。
俺に気づいたらしいそいつは俺の目をにらみつけた。
金色の猫の針目のようなその瞳を俺に向けていた。
その時にそいつ若干移動したため何を食べていたかがはっきりした。
弟の祐二だった・・・喉に大きな傷があった。
叫びたいが怖くて声が出ない。
そいつは人なのだろうか?
いきなり俺の方に向かって走ってきた。
そして、後ろにある窓を突き破って山林の方に逃げていく。
俺は祐二にすぐさま近づいた。
腹が引き裂かれ内蔵の一部は食いちぎられていたらしい。
泣きたくても泣けずに俺はうつむいていた。
だが、下の茶の間の方で物音がしたので下に行くと女性が一人いた。
そして、その女性はこう言った。
「家族の仇を討ちたい?」
俺は頷いた。
女性はそれを聞いて答えた。
「じゃあ、山林の方に行きましょうか?」
今思えば、どうして俺はこんな怪しげな人について来てしまったんだろう?

数十分後に俺とその女性は山林についた。
いやな胸騒ぎはしなかった。
と言うよりもその時の俺は怒りと憎しみばかりだったような気がする。
女性が俺を案内してくれた。
その先には黄色い大きな目玉と二つの野球ボールより二周りほど大きい目玉があった。
俺はそれを見てすぐに逃げようとしたが後ろの方に回っていた女性に羽交い絞めにされた。
そして、そのまま俺を持ち上げた。
(こんなの人間の力じゃない。)
俺は心の中でそう思った。
肩の方に目をやると羽交い絞めにしていたのは手ではなく触手だった。
逃げようともがくが動くことすらできない。
女性はそのまま俺を固定したままの状態で大きな目玉の方を見て言った。
「憎しみと怒りに染まった人間てどうしてこんなに簡単に引っかかってしまうのでしょうね?」
俺は女性を睨みつけて言った。
「お前が・・・お前が俺の家族を殺したのか!」
明らかに自分の声は震えていた。
女性はクスクスと笑いながら答える。
「だって、貴方をなかなか呼ぼうとしないし、何よりお腹が減ってたしね。
でも、貴方の弟さんがお昼ころ帰って来て茶の間で私を見て逃げようとした。
若い子の肉は柔らかくて美味しかったしね。
それに何より・・・弟さんの死んでいく様を見るのは楽しくてたまらなかったわね。」
俺の中の何かが切れた気がした。
怒りと憎しみと何より家族が死んだ時の気持ちを想像した時・・・気が狂いそうになっていた。
「ヴぁぁぁぁぁぁぁ!」
女性の方が一瞬驚いたようで触手が緩み俺は地面に降りた。
力いっぱいその女性の顔を殴った。
吹っ飛ばない・・・それどころかモロに入ったはずが傷ひとつついていない。
女性は冷たい笑みを浮かべて触手を振るった。
「生身の貴方が私を傷つける事はできないのよ。
それに、とても光栄なことに今日は主の目がお開きになっている。
儀式ができるかも知れないわ。」
ザン・・・・ゴトッと言う切る音と何かが落ちる音がした。
最初は理解出来なかった。
だが、痛みがそのことを理解させてくれた。
「うわぁぁぁ!!」
右の腕の肘から手までの部分が制服ごと見事に切断されていた。
残っている左腕で傷口を押さえたが止まることなく血が溢れ出ていた。
女性はその切り落とした腕を大きな黄色い目玉の中に押し込んだ。
ウジュウジュといやな音を立てて目玉の中に腕が取り込まれていた。
このまま自分は家族のように殺されるのだろうか?
家での光景が頭の中でフラッシュバックの様に出てくる。
だんだん頭の中が恐怖でいっぱいになり逃げることすら出来ない状況になった。
頭の中にあったのは(死にたくない)と言う言葉だ。
だが、それに反して女性の方はるんるん気分で何かを準備している。
そして、俺の目の前まで来てある物を手渡してこう言った。
「これ、私と主からの貴方へのプレゼントよ♪」
両手から手放されたそれはあの二つの野球ボールより大きい黄色い猫の針目のような目玉だった。
俺は首を横に振ると女性は右腕の切断面を抑えていた俺の左腕を払って無理やり目玉を傷口にあてがった。
傷口の血に触れた瞬間に目玉から我先にと触手が傷口から入り込んでいく。
「はなせぇぇぇ!
うあぁぁぁぁぁ!」
左腕で掴んで引きちぎろうとするが痛みのせいで力が入らない。
その左腕にも残り一つの目玉が食いついてくる。
両腕が取り込まれ痛みと戦う自分・・・死ぬのか?
数分後にはもはや痛みは消えていた。
抵抗する気力も体力も無かった。
その時の自分は無感情な目になっていただろう。
女性の方が声をかけて来た。
「さぁて、切り取った腕は私の分身に運んでもらったし・・・。
後はこの子を同胞にするだけだったわね。」
俺を軽々と持ち上げた。
抵抗する事も出来ずに俺は大きな目玉の中に取り込まれていた。
中には液体が詰まっていてその感触はまるで俺を包むゆりかごのようだ。
そして、だんだん自分の意識は暗いところに沈んでいく。
外の情景だけがうっすらと見えた。
次から次に自分に欲望の声が聞こえてくる。
(コロシテシマエ、ヒキサイテ・・・ソイツヲクエヨ。
オマエノスキナヨウニコロセヨ。)
俺の心はその言葉に抵抗する。
(俺は殺したくない、殺したやつを食うなんて出来ない。
欲望のままに動けと言うの?)
その話が終わらないうちに俺は冷たい地面の上に降ろされていた。
どうやら誰かが助けに来てくれたらしい。
俺はそのまま気を失ったが何かとんでもない生き物が吼えているように聞こえた。

目を開けたとき俺は車の中で横になっていたようだ。
両腕は完璧に元に戻っている。
どうやら自分は車の最後尾の席で寝ていたらしい。
車が揺れている中で自分は体を起こした。
まだ夜中だった。
青っぽい髪の女の人が俺を見て話してきた。
「体・・・大丈夫?」
俺は正直に全部言う事にした。
「正直言うと・・・混乱してるんだ。
腕のことや家族の事やあいつ等の事でさ。」
運転席の男性らしい人が話してくる。
「どうやら、目を覚ましたみたいだな。
華灯風・・・どうやら似たような境遇の奴が出来ちまったな。
ただ・・・今回の方が少し複雑だな。」
華灯風と言われた人はまず名前を名乗ってくれた。
「私は華灯風あやめ・・・貴方は?」
俺は普通に答えた。
「風村直人です。」
次の瞬間には俺は頭痛と頭の中の声に頭を抱えていた。
(ナゼコロサナイ?)
腕が俺の意思に反して勝手に動きそうになるのを華灯風さんが押さえつけていた。
華灯風さんが叫んでいた。
「速く!
あの病院までまだなの?」
俺の意識が朦朧として来ていたのがわかっていたようだ。
まるで自分は何かに呼ばれるような感じと頭の中の声に呼ばれていた。
誰かが俺を呼んでいる・・・現実の方でも・・・頭の中でも・・。
現実の方では華灯風さんが必死で俺を呼んでくれていた。
「しっかりして風村君!」
声だけははっきりと脳内まで響いていた。
頭の中でのもうひとつの声は俺を誘うような声だった。
欲望の声とは違う・・・まるで母親が俺を呼ぶような感じだった。
「こっちに来なさい・・・直人・・・。」
俺はそっちに行きそうになっていた。
そして、いきなり自分は頭の中の世界から現実に引き戻されていた。
頬を叩かれていた。
叩いたのは華灯風さんだった様だ。
申し訳なさそうにこっちを見ていう。
「ごめんね・・・でもあのままだったら・・・。」
俺は頷いて答えた。
「呼んでてくれたのに無視してごめんなさい。」

その数十分後病院に着いた。
車から降りて病院に向かいながら俺は華灯風さんに質問する。
「そういえば、どうして華灯風さんたちはあの場所に来たの?
それと気になってたんだけどどうしてその猫の針目みたいな目になってるの?」
華灯風さんが少し嫌そうに答えた。
「あの場所に来たのは調査するためでその時にあの大きな目玉の中に君が居たから助けたんだよ。
この目の事は今度教えてあげるよ。」
病院に入りエレベーターで地下に降りていく。
もう一人の男の方は刀を持っていた。
俺はそのときは体調が少し良かった。
降りたところには病室があった。
地下の病室で採血され、薬をもらって横になる前に顔を洗うことにした。
鏡を見て驚いたことがあった・・・自分の目があの猫の針目になっている。
何でこの目になったのか自分のこの状況を見てようやく理解した。
「あの得体の知れない生き物に取り込まれかけたからか。」
と俺は呟いていた。
水と薬を飲み俺は横になろうとしたときに華灯風さんが来た。
何か少し深刻そうな顔をしていた。
「君・・・ほんとに大丈夫?」
俺が頷くと華灯風さんは話し始めた。
「その腕に取り付いたのはバグって言う欲望を具現化する生き物だよ。
君はそれに取り込まれそうになってたんだよ。」
俺が納得しながら話す。
「だとすると華灯風さんもバグが取り付いてるのかな?
目が同じくなってるしさ。
欲望を具現化する物・・・ある意味すごい恐ろしいね。」
そして、自分は寝るまでの間に色々な事を聞いた。
蟲飼と言うバグの親玉の存在がいると言う。
そして、俺がその蟲飼から侵食された可能性が高いという事も教えてくれた。
その他に蟲・従者の事も詳しく教えてくれた。
と言っても華灯風さんは資料を読みながらだった。
そして、俺は眠りについた。
眠りの闇の中に落ちていった。

華灯風さんと男が話している。
「風村君の事何かわかった?」
男は頷いた。
「どうやら、あいつは普通の人間が持たないものを持ってるかもしれないな。
もっと詳しく見ないとわからないから本部の方に血液サンプルを送っておいた。
それと、処理班から連絡があってな、あいつの家・・・ひどい状況だったそうだ。」
華灯風さんの目が怒りに燃えていた。
「許せない・・・。
風村君・・・明日もっといろいろ聞いてみないとね。」
男は頷いて答える。
「俺たちと同じ闇花に入るかね?
まぁ、戦わないとあいつはどうなるわからないだろうな。
だが・・・ここ半年ばかり新しい奴多いよな。」
そんな話しをしていたが何か思い出したように二人とも別の方に歩いていった。